2017年10月9日月曜日

松江城大茶会!!

今回で34回目の『松江城大茶会』

 

今年は、10月7日~8日に松江城大茶会が開催されました。

私は、8日の昼前に明々庵の隣りの赤山会館の

武者小路千家の茶席を訪問しました。

友人の川上 大氏のFBでの紹介によるものです。

 


本席でのご案内役(亭主)は、水縁プロジェクト委員長の小草さんでした。

 
 

会議所の駐車場に止めて北堀橋の上からの松江城。

とってもきれいでした!!



 

知事公舎の奥に明々庵の入り口があります。


 

明々庵の由緒書きです。

50年になるようです!!

 

 

当日の『会記』です。


 

待合の掛け軸は、「月に鹿図」

説明役の澤田さんによると「森村宣稲(もりむら ぎとう)」と言う方の絵


 

庭園です。

灯篭がどっしりしています。

生垣の向こうに明々庵の屋根が見えます。


 

前席の方10数人が退席された後、待機の間に約30人位の

人がいるところで本席に案内をして頂きました。

退席の中には、溝口善兵衛島根県知事の姿もありました。

 

私は縁側に設えられた椅子席にギリギリで座ることが出来ました。


 

菓子器は、楽山窯12代長岡空郷氏の造りでした。


 
 

菓子は、三英堂さんの銘菓『葵』でした。

 

お茶は、折角でしたが写真を撮り忘れました(あちゃ~~)


 

床掛けは、「窓秋竹意深」

小草先生のユーモアを交えた説明で緊張した席が和みました。


 

男女3人位の接待役の方が次々と

菓子とお茶のおもてなしをされます。


 

釜、風炉、水指などのお道具


 
 

 

本席から見える明々庵は、やはり角度が違います。

しかも庭の奥行き感があります。


 

帰りに松江城が同じ目の高さに見える展望台での

「野点」の担当をされていた川上 大氏にお会いしてのショット。


 

川上 大先生も次から次へのお客様に丁寧に緊張感を

取り除きながらの説明をされていて

とかく敷居が高くなりがちなこうした茶席の雰囲気を

和らげていらっしゃいました。

これから来年の不昧公没後200年の行事で大切なことは

こうした『親しみやすさ』ではないかと感じた今回の茶会参加でした。

 

 

最期にほぼ天守閣と目平らに見える松江城の景観です!!

 

2017年10月5日木曜日

大江の郷デビュー!!

岡山の日本原駐屯地の慰問激励研修を終えて

帰りに立ち寄ったのが「大江の郷」でした。

奈義町から53号線を鳥取市に向かう途中の山中にあります。

余りの山中で携帯も繋がらないほどです(笑い)

 
 

噂の「パンケーキ」同行の会員の中で私だけ頂くことが出来ました!!

というのは、大江の郷ビレッジ2階レストランにまっすぐ上がり、

ウエイトレスの方に

「30分の滞在時間なのですがパンケーキは食べれますか?」と

尋ねましたらコックの方に相談した後

「14~5分で出来ますよ」ということでオーダーしました。


 
 

二つの施設の案内看板。


 

昔からの施設COCOガーデン

 

 

大江の郷ビレッジ(昨年完成の建物)


 

大江の郷ビレッジの店内案内板です。


 

大江の郷ビレッジの店内、入りがけの左サイドです。


 

店内は、とてもセンスのいい配置になっていました。


 

ケーキ類の陳列棚です!!

 

いい匂いも充満しています!!




 

こちらには、製麺所?まで有るようです。


 

突き当りの階段を上がると~~。


 

レストランがあります。


 

席に案内されてメニューを見ますとオシャレなものでした。

いかにも美味しそうでした!!

是非、「さちこ」さんや家族を連れて来たいと思いました。


 

とっても上品な異空間でした。

特にこうして周辺の山なみを見るとよけいにそのように感じてしまいます。




 

今日は、水曜日で午後3時過ぎでもあり、私の他には2組だけでした。

土・日曜は、開店前から行列ができるほどの人気店だそうです!!


 

1階に移るとパンコーナーの売り場が空いていましたので

6種類ほどのパンをお土産に買い求めました。

 
 

 

屋外にも奇妙な展示が有ったりしていて不思議な空間です!!


 

そのいい例がこの倉庫にレタリングされている

「OENOSATO NATURAL FARM SINCE 1994」

 

是非、ゆっくり来てみたいと興味深々の「大江の郷」でした。

 
 

50年ぶりの日本原駐屯地!!

10月4日(水)好天に恵まれて自衛隊家族会松江支部の

今年度の慰問激励研修で岡山県の日本原駐屯地を訪問しました。

 
 
 

今回の参加者です。

家族会会員25名と当日、出身隊員の御家族で

現地で合流した3人が研修致しました。

 
 

07:45合同庁舎に集合、08:15出発いたしました。

前日までの雨模様とは違った爽やかな秋晴れの中での出発でした。


 

約2時間余りの所要時間で日本原駐屯地に到着。

営門で現地集合の隊員の御家族3人も同乗して広報室へ~~!!


 

パワーポイントでこのように心温まる「歓迎」をして頂きました。


 

案内頂きましたのは、出雲市坂浦町出身の

広報室長、寒竹(南場)2尉でした。


 

この地の植物で梅の外にイチョウをデザインされた

日本原駐屯地のマークです。




日本原駐屯地の位置です。

岡山県奈義町(津山市の東隣)です。


 

上空からの日本原駐屯地です。

私がいた昭和40年代は左側の半分くらいと思われます。


 

寒竹2尉からブリーフィングを受けた広報室は、

大坂万博でミュンヘン館として使用された建物を

そのまま移築して現在も活用されているそうです。

驚きました!!



 

ブリーフィングの後、資料館の拝観を止めて50年前の

4か月ほどでありますが少年自衛官の部隊実習で

生活した隊舎が残っていました。

 

当時は、こちらには13師団の第13戦車大隊が駐屯し、

その13戦車第1中隊に他の2名の生徒と共に3名で配属されました。

当時、4年生の9月から12月までいたのですが

私は航空学生の受験をすることにしていて

当時の天野中隊長のご配慮で中隊長室を使用して

一日中、11月の受験日まで受験勉強をさせて頂くという

特別待遇を受けて演習や近隣の部隊での記念日行事参加も

することはありませんでした。

ある意味、今日の私があるのはこの時の天野1尉殿の

おかげかなと感慨深いものでした。

 

 

昭和41年のこの日本原駐屯地が創設された

記念碑「風林火山」が健在でした。

懐かしい石碑です!!


 

この隊舎玄関から見たグランドです。

1日には、創立52周年の記念日行事が行われ

約7,000人の観客で賑わったそうです。

 

 

隊舎に入ってみました。

右半分の当時の「第13戦車大隊」があった所は、

現在女性自衛官宿舎になっていました。

左半分は、医務室になっていました。

私が、毎日受験勉強をさせて頂きましたのは

この2階の第1中隊長室でした。


 

懐かしく隊舎周辺を見た後、再び広報室に戻ると

資料館の拝観を終えた会員の皆さんは展示装備品を見学されていました。


 

そして戦車や特科の装備品が展示してある前で最初に

掲載している記念写真を撮りました。


 

そして、売店に立ち寄り、買い物をしました。


 

この日、私たちの案内をして頂いた寒竹2尉と二人の広報担当者です。

「坂浦に帰京される時は、是非、松江にお立ち寄りください!!」と

お伝えし、古満会長はじめ参加者皆さんが

心からの御礼を申し上げました。