2018年4月27日金曜日

第3回出雲大社を正式参拝する会!!

4月26日(木)午後3時から第3回「出雲大社を正式参拝する会」

を開催しました。

 
 

この会の目的は、出雲大社(いずもおおやしろ)の本殿前で

参拝をさせて頂くことと川谷禰宜様(川谷様は、

今月4月1日から出雲大社禰宜にご就任)

から境内をご案内頂くことです。





 

今日の代表者記帳の言葉は、「正心誠意」です。

勝海舟がペリー来航以来、外交交渉にあたる時の

肝要なこととして伝えてきた言葉だそうです。

今日の南北朝鮮の首脳会談。

そして来月、計画されている米朝会談を前にして

タイムリーな言葉でした。

 
 

 

川谷禰宜様のお話。

「今日は、天気も良く外で説明をいたしましょう」とのことで~~。

先ほどの「正心誠意」について

「日本の国政にあたる人にもってほしい」とも仰っていました。

 
 

 

手を清めて代表の私は白衣を身に付けて頂きます。

 

 

神職の先導に従い、八足門(下の地図NO35)横の入り口から

瑞垣内に入場します。

 

 

八足門横で整列をして御祓いを受けて、NO34の拝殿前で参拝。

そして、瑞垣内の⑤(東)門神社

②大神大后神社(御向社)

④神魂 伊能知比神社(天前社)

③神魂御子神社(筑紫社)

⑥(西)門神社をそれぞれ「二礼四拍手一礼」の

出雲大社の参拝作法でお参りし、それぞれの社の

説明や遷宮の時の用材を岩手県大船渡から調達した時の

逸話話などを詳しくお聞かせいただきました。

 

八足門を出た所で記念写真(一番最初の写真)を撮って

神在月の時の神様の宿舎、十九社の説明を頂き

宝物殿に向かいました。




とかく神様の話は難しく理解しにくいものですが

川谷禰宜さまのユーモアも交えた説明は分かりやすく有難いことです。




今回も「身が引き締まりました」とか

「出雲大社の格の高さが良く理解できた」と

参加の皆様から満足した旨の言葉を頂き嬉しいことでした。

やはり、天気がいいこと何よりです!!

 

2018年4月26日木曜日

食べ歩きVOL26「ろんぢん」のステーキ!

国を守っている長女の京都からの転勤祝い?

を兼ねて~~。



「ろんぢん」行ってきました!!

 
 
 

先日、夜桜を松江城に観に行った時に立ち寄りました。

その時にチラシを見て長女が「行きたい!!」と。

 



 

これがそのチラシです(笑い)

 
 

 

今回は、家族は初めての1階奥の部屋で貸切状態でした。

 

 

孫2号は、「僕は、オムライスがいい!!」


 
 

孫1号は、エビフライです!!



 

こんな感じで~~!!

 

 
 

予備でナポリタンなう!!

 

 
 

黒毛和牛A4だそうです!!

 

柔らかくてとろけそうです!!

 

皆が満足してくれました。

 
 
 

自家製農園で栽培されたとっても美味しいトマトです。

木口女将から「おみやげ」として頂戴しました。

 
 
 

2018年4月25日水曜日

駐車場拡張工事!!

昭和50年10月にこの地に「松江店」として店舗を開設して

43年目に当社の社有地が

すべて使用出来るようになりました。

 

同じ敷地内の借家を引き渡し頂き

解体駐車場を拡張しました。

 
 

昭和50年10月19日にオープンした

仏壇の原田・松江店です。


 

その当時から、同じ敷地内にあった隣家(大屋は当社)


 

昨年(平成29年12月28日)年末に借家人の方から

明け渡しを頂きました。

 

社内協議の結果、解体し、駐車場と

倉庫を建設することになりました。

3月5日に解体、舗装の入札のための現地説明。

15日にスクラム工業さんに依頼することになりました。

 



 

3月27日から解体作業開始、

春休みの間に作業をして頂きました。

 

 
 

解体終了後、舗装のための下準備です。


 

舗装工事が始まりました。

 
 
 


 

アスファルト工事修了です。

 

今年は、盆提灯のシーズンも駐車場が

足りないということはこれでなさそうです。

 



 

2018年4月22日日曜日

松江の航空の歴史!!

私の住んでいる「人参方町内」の総会が開催されました。

今年も天神町にあります「(株)江友」さん所有の

「白潟サロン」です。

総会の後、(株)江友の伊藤社長から

「写真で見る白潟の交通路(航空編)」を聴講しました。

昨年も貴重な話をお聞かせいただきています。

http://obamayasuhisa.blogspot.jp/2017/03/blog-post_29.html

 

今回は、水上飛行機のお話でした!!

 
 

パワーポイントを活用しながらの講演です。

 

 

伊藤社長は、「白潟歴史まち歩き楽会」でもご活躍ですが

写真をデータ化して保存なさっています。


松江市に初めて航空機が飛んだのは、井上中尉が

古志原の練兵場で公開した時だそうです。

 

 

その時の飛行機の名称は「つるぎ」だったそうです。


 

現在の工業高校にところが連隊の所在地、

古志原の練兵場は、道路を挟んで北東部の

堤との間にあったようです。


大正6年6月6日には、アメリカのアクロバット飛行士アートスミスが

古志原の練兵場でアクロバット飛行を展示したそうです。

上の記念写真には、川井市議のおじいさんも後列右から

二番目に写っているそうです。

それにしても驚きです!!

大正6年にすでに「アクロバット飛行」がなされていたとは~~??

 

 
 

このアートスミスは、全国あちこちでアクロバット飛行展示していたようです。


 

大正6年6月6日での複葉機の飛行機と

パイロット、アートスミス氏。

この時、見学のために入場券は発売されたそうですが

ご承知の通り飛行機の飛行は、空の上であり、

「全く入場券を購入する必要はなかった」という

エピソードも披露されました。

 
 

 

アクロバット飛行と言えば美保神社の前宮司のご子息が

パイロットをされていて美保湾で凱旋飛行を

なさったことを思い出します。

 
 

 

宍道湖上を飛行、翼の下に嫁が島、左上に浜乃木や

さらに左には円城寺の山が確認できます。


 

同じ時の飛行で松江城も撮ってあります。

 

 

松江市内の航空写真(大正6年当時)

大橋川には、松江大橋と以前の新大橋?

が架かっています。

中央の白く斜めにあるのが米子川だそうです。

 

 

上は、2年前の航空写真の様子です。

白潟地区の様子は、赤線で区別してありますが

埋め立てられているのが良く分かります。


 

やがて城崎と松江の定期航空路が開設され水上飛行機が

3機で運航され、初日には、松江大橋に沢山の

市民が歓迎をしたそうです。




 

白潟沖(灘町)に基地があり、同じく沢山の市民が見物したようです。

大正6年の初飛行から14年後の昭和6年10月10日

松江に定期航空路が出来たのです。

 

因みに城崎から1時間20分だったようです。


 

灘町の見物客。

合計7,000人の見物客だったそうです。

 
 


 

この飛行機は「城崎1号」で白潟沖を基地として運行、

昭和8年から営業運行したそうです。

 

 

その時の格納庫がこれで昭和40年代までは、

現在のNHK前の昔青少年センターがあった所の隣りにあり、

プロレスの興行も行われていたそうです。

隣には宍道湖の水を利用したプールもあったそうです。


 

昭和8年7月11日に城崎との定期航空路が開設され

この飛行機は、三菱14式4人乗りだったそうです。

 
 

 
 

城崎からやがて大阪との運航になり、

約10年間無事故であったことが誇りだったようです。

 

戦時中に民間の飛行は中止されたようです。


 

そして一昨年、尾道の会社が松江、尾道間の運行を計画、

すでに中海の本庄周辺に離発着の施設が作られているそうです。

 

 
 

松江が大正時代から航空機の導入を計画し

定期航空路を持っていたことは、当時の日本海側では

かなりの有力な街であり、尚且つ地元の経済人の

先進性が想像できるもので誇らしいことです。

江戸時代からの白潟商人の存在感が偲ばれる

素晴らしい講演でした。

 

町内会長も

「毎年有益なお話が聞けてこの総会が楽しみです」と

謝辞を述べておいででしたが全く同感です!!

来年は、どんな話題になるのか今から楽しみです。

 

因みに2年前は、「人参方の歴史」でした。

http://obamayasuhisa.blogspot.jp/2016/04/blog-post_24.html

 
 
 
 
 
 

2018年4月21日土曜日

和菓子の名工伊丹二夫さん!!

松江歴史館「きはる」のスター和菓子職人

伊丹二夫さんはとても素敵な方です!!

 
 

齢、80を過ぎていらっしゃいますが、毎日こうして黙々と

創作和菓子の製作をなさっています。


 
 
 
 

 この日は、旬の藤の花をモチーフにした『下がり藤』です。

 
 
 
 

相方は、これ!!

 
 
 
 
 

 
 

商品陳列ケースの上には、松江の花

工芸菓子の椿です!!

が、まるで生け花のごとく展示してあります!!

 
 

この日は、熱かったので抹茶クリームソーダと

「下がり藤」の組み合わせです。

伊丹名工からオマケの

名物「わらび餅」です。

このわらび餅は、我が家のグルメ達に大人気です!!



 
 
 
 

「下がり藤」をひと箱18個づつ製作中でした。

 
 
 

ショーケースの中の商品展示品です。

名工は、中学校を出てから和菓子職人として

70年近くの経験をお持ちです。

この日も、修業時代のお話や和菓子屋さんの社長との

エピソードなどこれだけの経験者でないと語れない話を「さちこ」さん

と共にお聞かせいただきました。

 
 

つい先日も山陰中央新報にも写真と紹介記事が出ていました。



こうして名工からお聞かせ頂くことは

徒弟制度の厳しい修行生活のはなしが多いです。

とても参考になるお話満載です!!