2017年2月23日木曜日
2017年2月17日金曜日
第1回大人の社会科(おやつ付カフェトーク)INごくらく亭!!
第1回大人の社会科(おやつ付カフェトーク)INごくらく亭!!
という不思議な名称の会合に出かけてみました。
とは言うものの案内人から想像が出来る範囲でした(笑い)
会場は、竹矢町安国寺さまお墓の隣り、「ごくらく亭」
(こちらの建物は、明るい所で撮ったものを載せます。)
昨年まで、この安国寺様の客殿を借用し「戦争体験を聞く会」を
開催されていました。
今回は、大人でも知らないことが沢山有る。
その知らないことを専門分野の方から聞こうというものです。
今回の「大人の社会科」第1回は、
自衛隊島根地方協力本部の
広報室長 河崎有功1等海尉に
『ソマリア沖・アデン湾における海賊対処について』
お話をお聴きすることになってました。
写真の方が、河崎1尉ですが海上自衛隊航空学生
50期だそうで私の28年後輩の方です。
航空学生卒業後は、沖縄の那覇基地から岩国航空隊、そして那覇に勤務。
パイロットとして搭乗しているのは
対潜哨戒機P-3C、そしてUPー3Dという大型のレーダー搭載の
航空機の操縦士であります。
この図は、自衛隊派遣の経緯を示したものですが
2009年の1月に決定をして3月に派遣すると言う
いかにも<日本らしい>付け焼刃の派遣経緯だったようです。
発令されると翌日に艦艇と共に出航したようです。
この時も、海上警備行動の規範は、
警察官職務執行法第7条に基づいたもので
同年6月から7月に「海賊対処法」という法整備を
艦艇・航空機・隊員を派遣した後した誠におそまつな事での派遣です。
この地図は、ソマリアの位置関係です。
ソマリアそして向かいのイエメンなど国情不安定な中に
九州の3分の2ほどの国、
ジプチ共和国が派遣部隊の基地になります。
この周辺の『海賊』の紹介です。
海賊の特徴です。
ロケットランチャーまで装備しているようです。
ソマリアは、元々フランスの植民地ですから当地の建物は、
南フランスに似ているものが多いようです。
ジプチの車は、日本製の中古車が多く、タクシーでもガラスが
無かったり雨が降ると濡れるのが当たり前のようです。
この写真のように人や荷物を車に積めるだけ
載せるという光景が普通だそうです。
派遣部隊の組織図です。
艦艇が2隻420名、航空部隊が2機70名、
そして陸上自衛隊から中央即応集団を中心に
警務隊、警衛隊など警備部隊70名の計560名の
派遣部隊だそうです。
最近は、海賊の出没が少なくなって艦艇1隻分が少なくなって
350名ほどの要員だそうです。
この図は、哨戒する範囲で出雲から羽田位の距離を
8時間かけて巡回しているようです。
2009年から2013年までは海賊の出没が多かったようですが、
最近は、非常に少なくなっているようです。
2011年3月に逮捕した海賊の日本での操作・裁判の結果を示したものです。
ジプチの飛行場の格納庫などの写真です。
P-3Cの内部の写真です。
中略
最期に自衛隊の自衛官が考える海賊対処に対しての
意識として覚悟・心持が紹介されました 。
ここで注目すべきは、<海上自衛隊らしい>と感じたことが
「民間の商船を守ることが出来なかった
帝国海軍の名誉挽回の機会」と
書いてあることでした。
そして、聴講者から逐次質問が出ていました。
その質問に真摯に応える河崎1尉です。
約十人ほどの参加でしたが約1時間近く質問が続きました。
私も多少の部分で補足の説明をさせて頂きましたが、
たぶん河崎1尉では説明しようにも出来ない分野の質問もあり
大変であったと想像します。
これからも様々な分野でのご活躍の方の
お話が聴けそうで楽しみです。
2017年2月9日木曜日
45年ぶりの大島を着て~~!!
母が45年前に私のために作ってくれていた
大島紬の着物を着て外出しました。
正月、出雲の家に立ち寄った時に和服の衣装箱を発見、
中身が45年前に和裁の仕立てをして生計を助けていた
母が私のために作ってくれていた大島紬の着物が
仕付け糸が付いたままありました。
私の母は、娘の頃から叔母さんに和裁を教えてもらい
父と結婚してからも家計を助けるためと丁寧な仕事ぶりが
評価され出雲市内の呉服屋さんの仕立てもしていました。
この絵は、母の弟が酒の販売の仕事をしながら好きで書いていた
油絵が日展に二回ほど入選するほどのものでしたが、
その叔父が母が亡くなって数年後、母が迎えてくれていたことを
思い出し、私に届いた絵葉書です。
この絵の上には、
お針の手 休めてお茶を 姉は逝き
閉ざされし家に 木の葉舞い散る
という短歌も書かれています。
この大島の和服と同じケースに入っていた沢山の写真の一枚。
両親です。
松江に持って帰って昨年、「浴衣デート」に
お付き合いを頂いた渚さんに来て頂いて「仕付け糸」が
付いたまま試着した時の写真です。
そして、2月6日(月)。
予てから「和服でお会いしましょう」と約束をしていた
岡本さん、坂村さんの御二方と北松江のスナック『華』に
向かいました。
着くとオーナーの娘さん、植田さんが写真を撮ってくれました。
皆さんに大好評を頂きました。
「おかあさん孝行だわ~~」ともおっしゃって頂きました。
先月の「志大塾」でこの大島のいきさつをお話していたからと思います。
それは、私が海上自衛隊航空学生であった22歳の時に
年末冬休みで帰省した時に
「大島のきものを作ったので正月に着るだわ~」と言われていましたが
当時は、雪さえあれば休みは大山で泊りがけでスキーをしていたので
その冬もその後の休みも、そして仏壇屋になってからは
松江に住んでおり、とうとう着ていませんでした。
それが、昨年から堀川小町が松江にも出来て浴衣を着たことが
きっかけで和服に関心を持ち出雲の家に帰ると押入れを
探していました。
正月明けに、やっと見つけたものです。
沢山の写真の中には、航空学生の頃の4人乗りの
練習機KM-2の翼の上での私です。
この写真は、外出のときのサングラスのカッコつけた私です。
航空学生の時の黒のダブルの制服を身に着けた
数少ない写真の一枚です。
こうして66歳になって母が私のために作っていてくれた
大島紬の和服を着て歩くきっかけを頂きました皆様に
感謝を申し上げたいと思います。
岡本、坂村両先輩にも心から感謝を致します。
有り難うございました!!
2017年2月8日水曜日
「炉端かば」の戦略!!
「炉端かば」は、私にとって人参方町内会の理事会の会場。
という認識しかありませんでした。
ただ、昨年の夏ころから松江商工会議所の水縁プロジェクトに
今日の講師、福田さんが松江商工会議所青年部会長として
分科会に参加して頂いていることで<熱心な方>
だなと感じていました。
その福田さんから「炉端かば」の戦略」
という興味深いお話をお聞きいたしました。
この日は、商工会議所の流通部会の事業として
青年部(YEG)との交流の一環での講演です。
このイケメンが、
「炉端かば」専務取締役福田達也さんです。
慣れた感じでパワーポイントでの講演でした。
創業27年目、法人組織化18年です。
時折、ユーモアも交え落ち着いた発表でした。
グループ店は、アメリカ ロサンゼルス店を含め計28店舗。
正直、私は本店の安来を始め松江周辺と思っていました。
ただ松江ヤクルトに出向されていた
矢野常務(スサノオマジックの熱烈な支持者)の情報で米子空港に
店舗があり、その評価がとても高かったことを
知っているくらいな事です。
その後、米子空港を利用した時に行ってみて評判通りの
ボリューミイで見栄えも良く美味しいものでした。
企業としての年表です。
東京進出、
そして、何を、 売りにしたか?
そして沢山の項目で「炉端かば」の社長の
強いリーダーシップとマーケティングの
素晴しさが披露されました。
PRは、ネットを活用した。
やはり、何よりも人事、
特に「プロのバイト人」がいるというのは初めて聞くことでした。
海外進出についても状況をお聴きすることも出来ました。
ロサンゼルスへの「日本からの食材搬入をしていない」
という部分は、ビックリポンでした。
東京、アメリカに出店してもやはりこだわりは、山陰。
そしてU・Iターンを増やすことを目指す!!
というコンセプトがしっかりしてる。
と感心しました。
地域貢献できる組織を目指すと締めくくられて
初めて企業としての「炉端かば」の実態を
知って驚きました。
珍しく参加の田江副会頭も、
3月中には広島、京都に出店準備中と聞いて
「ターゲットが素晴らしい」と評価されていました。
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