2018年7月23日月曜日
十三仏霊場会研修「須磨寺」
天上寺の研修を終えて神戸の市内に入り二番目の
参拝地真言宗須磨寺派本山「須磨寺」に到着。
敷地の裏山の墓土地の上に道路に面した
大きな駐車場があり、そこからエレベーターがありました。
駐車場の手すりから神戸市街地を望む。
参拝用の専用エレベーター。
墓土地を縫って本堂に向かう途中に
「一畑薬師如来」という礼拝所もありました。
朱塗りの三重塔です。
ひときわの存在感!!
本堂です。
須磨寺は、こんなお寺です!!
http://www.sumadera.or.jp/
この十三仏霊場会で参拝の素晴しいところは、
参拝する場所が通常の参拝の場でなく僧侶に方しか
入れない所で会長の経頭により、般若心経はじめ
読経ができることです。
宝物殿に設置されているからくり時計。
宝物殿に安置されている平 敦盛が所持していたと言われる
「青葉の笛」と「高麗笛」
宝物殿の下にある「源平の庭」
須磨寺の境内案内図
出世稲荷
平 敦盛の首塚
首塚の案内標柱。
TV朝日の報道ステーションのプロ野球ニュースで
紹介されている「アツモリ」は、ここの
平 敦盛からとったもののようです。
拝観時間をとっくに過ぎていましたがお二人の御坊様と
その一人の娘さんと思われる小学生のお嬢さんが駐車場まで
お土産を持ってお見送りを頂きました。
まさに、心のこもった
「お・も・て・な・し」を頂戴して気持ちよくホテルに向かいました。
このご縁に感謝です!!
ここで気が付いたのですが「納経帖」を持ってくるのを
忘れたことが悔やまれました。
2018年7月22日日曜日
十三仏霊場研修「麻耶山天上寺」
キリンビール神戸工場での見学、昼食を経て
六甲山のほぼ山頂近くに所在する「摩耶山天上寺」を訪ねました。
神戸十三仏霊場第2番摩耶山天上寺の荘厳な本堂内陣!!
孝徳天皇勅願寺としても知られています。
石段を登ると立派な山門があります。
日印友好親善、日印文化交流、摩耶夫人像奉安の「天竺堂」
お釈迦様の聖母と言われる仏母摩耶夫人を
お祭りされている摩耶堂。
女人高野とも言われています。
金堂の内陣。
眼下に神戸市街地が見えます。
ここは標高702mだそうです。
金堂の前庭には、「仙人来朝之庭」と言われる
天竺より渡来し摩耶山を開創した法道仙人を
モチーフに大海原を越えて来朝した姿を一石の
舟石に託した庭園があります。
この庭園です。
駐車場には、まだ紫陽花がこのようにきれいに咲いていました。
なにぶん標高が700mを越えているそうです。
本来は目前の神戸市に降りれるのですが
先日の豪雨で道路が破損していて裏六甲に出てトンネル
を通って次の訪問地、須磨寺に向かいます。
2018年7月17日火曜日
バルトの楽園
先日、営業で車に乗っている時にテレビで「松江豊寿中佐」の
話題を取り上げていましたので車を止めて暫く見ました。
10年ほど前でしょうか徳島県鳴門市で開催された
中国四国南北軸交流会でのエキスカーションで
「バルトの楽園」という映画のロケ地と記念館
を訪問したことがあります。
「バルトの楽園」の映画の紹介です。
https://www.travel.co.jp/guide/article/17457/
この板東の収容所と同様なロシアの収容所が松山にも
存在してこちらもポーランドが世界一親日で
あることの一つの理由が松山俘虜収容所であったそうです。
http://dayzi.com/a-izinkatuta2.html
テレビでは、松江豊寿中佐のお孫さんの言葉として
「武士の情け」ということを言っていた。
この鳴門市板東の第一次世界大戦のドイツ軍俘虜収容所では、
松江豊寿中佐の判断で外出許可、地元住民との交流など
捕虜収容所では考えられない待遇をしていた。
それは、松江中佐の
「国家を背負って戦争を戦い、負けた、
捕まっただけで犯罪を犯したわけではない!!」
という考え方に基づくものであった。
その教えは、お父さんから武士道を繰り返し聴いていたらしいです。
お孫さんの家の額の言葉が「武士の情け」でもありました。
軍の反対を押し切ってこの方針を貫く収容所に対して
食料の配給が滞った時に松江豊寿中佐は、ドイツ軍の捕虜と
自給自足の生活をするために一緒に働いた。
ビールやチーズ、そしてソーセージなどのドイツ人から
製造工程を教えてもらい現在は地域の特産にもなったそうです。
そして、ドイツ軍の人たちが帰国する前に
松江所長以下日本軍に板東の500人にお礼に
ベートーベンの「第九」の演奏、合唱が披露されたそうです。
それが、日本で「第九」が初めて紹介された時だそうです。
ドイツ軍の人たちの感謝の表れだったそうです。
最近、ゴロ画伯のエレキ紙芝居や河添恵子さんの
講演や著書で知った
「世界で最も親日の国は、ポーランド!!」の原因は、
同様の第一次世界大戦の時の
ロシア軍俘虜収容所が松山にあり、板東の収容所と
同じような「武士の情け」に基づいた待遇で
ロシア軍(当時は、ポーランドはロシアに占領されており
ロシア軍の一部として日本と戦っていた)捕虜に対していた。
シベリアや中国での日本軍が受けた待遇との相違に驚愕です。
日本人としてこうした事実を知ると誇りに思えます。
台湾やその他のアセアンの国、そしてウズベキスタンのタシケントなど
もっと他の国でも沢山の美談があるように思います。
もっともっと、勉強をしなければと感じます。
日本は、素晴らしい国です!!
2018年7月14日土曜日
第4回出雲大社を正式参拝する会!!
7月12日午後3時から第4回「出雲大社を正式参拝する会」
を開催しました。
梅雨が明けて3日ほど経過した日差しの強い
33度にもなる暑い日でした。
西日本各地での水害被害の影響もあり今回は7名の参加でした。
今回は、何時ものように社務所応接室での対応をして頂きました。
初めての参加の方は、社務所の存在、そしてこの応接室での
接遇にまず感動されます。
今月の代表者記帳は、
「訥言敏行」(とつげんびんこう)
徳のある人は、口をつつしみ敏速な行動をとる人である
3月に「敏行謹言」という同義語を記帳していますが
私自身にも言い聞かせる意味で
前日に教わった言葉を記帳しました。
川谷禰宜さまから室内で簡単な説明を受け参拝準備に~~。
手水で清めた後、白衣を身につけ社務所から
神職の先導で八足門の脇口から
「瑞垣」内に入ります。
35番の八足門の左横でお祓いを受けて
34番の楼門前で玉串を奉奠し、
最初の「二礼四拍手一礼」の参拝です。
そして、5番の(東)門神社から順次、参拝をしながら
川谷禰宜様のユーモアを含め説明を頂きました。
今回は、遷宮の時のエピソードはもちろん、
古事記や「いなばの白兎」など民話など多岐に亘っていて
初参加の方は、
「自分も、もっと出雲にまつわる勉強をしなければ~~」
と仰っていました。
本殿の前の棟の御用材の産地が岩手県でその搬入が
7年前の東日本大震災の直後であり、
その時の奇跡的な話題を詳しく説明頂きました。
川谷禰宜様は、汗を拭き拭きご丁寧な説明を頂き感謝でした。
そして八足門前で記念写真を撮り
宝物殿にて説明を受けました。
宝物殿では、本殿の天井雲の図について
川谷禰宜様の自論も含めご披露頂きました。
私は、昨年11月12日、河添恵子さん、杉田水脈さんの
お二人の講師と共に防衛講演会の後、
正式参拝をさせて以来、今回で5回目でありましたが
毎回新たな感動があります。
今回は、瑞垣を出る前に本殿を眺めながらお聞きした
「お祭りは、神主が祝詞を上げたり参拝をすることばかりでなく
直会が大切である」
「しかも、皆が楽しく騒ぐことが重要!!」
そうすることによって神様が喜ばれ、
神様のパワーを頂戴することになる。
この地が「転変地変が少ない」ことは、
出雲大社の神様が守って頂いているという見方考え方があるが
そのためには、我々は、「直会」を楽しく愉快に賑やかに
開催し神様に喜んで頂くことが肝要なことだそうです!!
心に止めておきたいことです!!
登録:
投稿 (Atom)







