水縁プロジェクト~福島邦光氏~その1
11回目の水縁プロジェクトは、御手船場の福島造船会長の
福島邦光さまをお招きして「松江の水辺について」
という演題でお話を聞きました。
開会前にご挨拶を申し上げましたが「あなたのことは良く存じ上げている」
と仰って頂き恐縮しました。
かなりの高齢と思われますが、正に《矍鑠として》素晴らしい
1時間10分の講演でした。
驚いたのが会社(福島造船)の封筒に
「水縁プロジェクト委員会資料(2016.feb.18)」
とシール印刷してあり、上の写真を表紙に10ページの資料。
そして、2枚の古地図と水害に関する地図。
その上に27.7.20に日付の入った
「御船屋資料」と言う11ページ5種類の資料が入っていました。
講演が始まる前からこの資料を拝見して「凄い!!」と感じました。
この資料にも
2016.FEB.18 於 松江商工会議所水縁プロジェクト委員会
向島町 福島邦光 とありました。
福島家は、松江藩2代京極忠晴について
若狭の国から船大工として松江に来た。
この誌面には、
①御船屋について 松江藩の水運関わる役所現在の東本町2丁目~
5丁目に設置されていた。
②御船奉行について 御船屋の総括責任者で100石の役料であった。
③御手船方について 最盛期には、七万俵を限度として1000石船で輸送
販売した。
④櫨(はぜ)木土手 現TSKや合庁建設地の土手は、櫨の木が栽培され
ていた。幕末には、水夫の訓練場であったり大砲術
では、オランダ式→フランス式→英国式。
昭和52年までは福島造船の工場があり、1300トン
全長67メートルまでの船は造っていた。
⑤千貝妥(ちがいだまり) 西尾町にあり住吉神社、東照宮別院などがあっ
た。帰りには、楽山公園に立ち寄った。
⑥隠岐巡察
⑦宍道湖、大橋川の灯台 などの項目について説明が記載されています。
これが、2ページ目です。このページは
⑧松平治郷(不昧)について 茶道具を収集する財力を得たのは密貿易の
利益があったのでは~~?
⑨浜田藩の会津屋金助八衛門事件について
⑩為替レートについて アメリカとの当時の為替レートが存在した。
1ドルは0,75両であった。
⑪松江藩の外国製軍艦購入について 第1番八雲丸 10万ドル
第2番八雲丸 7万ドル
長崎のグラバー亭経由での購入であったようです。
第1八雲丸は、明治元年官軍の用務中能登沖で沈没
第2八雲丸は、同年英国に転売
⑫生麦事件 賠償金について 賠償金は、2万5千ポンド(37万5千両)
⑬松江城の無血開城(明治元年1868年)について
無血開城の代価は、15万両
これを払うことが出来なかった会津藩は、焼打ちにあった。
この3ページには、
⑭会津戦争と結末について
⑮一両の価値計算について
⑯各支払金の現在価格換算について
⑰松江城建造費推定について
⑱大橋川の洪水について
⑲堤防上にモニュメント設置要望について
2ページ目までと同様に詳しく調べてご説明をいただきました。
初めてお聞きすることの多いとても有益なお話でした。
4ページには、
「御召参拾挺立御船図」
そして「第1番八雲丸」
「第2番八雲丸」の写真です。
そして、福島会長自ら重要とされる歴史年表が掲載されています。
国土交通省が示した洪水のメカニズムの写真もあります。
そして、この表は、松江市の水害の年表です。
これも国交省が示した流量の図です。
これは、大橋川の拡幅改修事業の必要性、工事計画、
そして水理計算の資料です。
この表も国交省の水位データです。
話の途中ではこの2枚の地図を示しながら
位置関係も良く理解できました。
この日の山陰中央新報の記事に国宝になった
松江城と周辺の地域を「世界遺産」認定を
目指そうとの記事もありましたが、
このように水運、造船関係のお話だけでもこれだけの
内容があれば松江城周辺の歴史をあらゆる分野で検証し
実証できれば十分に可能性はあるのではと感じます。
本当に松江のポテンシャルは凄い!!と感じました。
非常に長くなりました。
この後はその2に続きます。
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