2016年2月20日土曜日

水縁プロジェクト~福島邦光氏~その2

その1に続きます。

福島造船会長、福島邦光さまから御手船方(おてせんかた)を

中心に中世松江の水運、廻船、造船などのお話をお聞きしました。

沢山の資料をご準備頂き矍鑠とした講演です。

 
 

水縁プロジェクトの小草委員長が福島会長に質問をしています。


 

その1で紹介した資料の他に昨年7月に作成された

「御船屋資料」が11ページに製本して配布頂いていました。

普通は、会議所が提出いただいた原稿をコピーして

配布するケースが多い中で福島会長は、約20部をご自身が作成

会社の封筒に入れて持参、配布を頂いておりました。

感謝です!!


 

この資料の1ページは、中山英男氏の情報提供により「御船屋」

に関する紹介がされていて、その中に稲荷社や

木実方のことまで記載されています。


 

この地図は、江戸時代の「御船屋」と城下町との関係を示したものです。

その1のお話の時にも参考にしています。


 

これは、江戸時代の「御船屋」の詳細図です。

 

 

松江郷土館(現 松江歴史館)に保存されていた

「御船屋文見絵図」でとても正確な縮尺で作成されているそうです。


 

「猟師町」や「材木町」他「ヒョウタン町」「ワタヤ町」などなど

明治12年当時松江の市街図として作成された地図です。


 

昭和6年に発生した末次大火(628戸全焼)により街が

変ってしまったことを「移ろい」と表現してあります。


 

その昭和6年の末次大火の直後の航空写真。


 

5ページに掲載された「町名」の地図についての解説文がこれです。

他にも「東本町」のこと。

白潟の職人町のこと。

「材木町」のことなどが記載されています。

合同汽船のことなどもかいてあります。


 

9ページですが、9~11ページは前出の中山英男氏から

提供いただいた「御船屋分見絵図」について、その正確性を

現在の地図と重ねても一致していることを示して頂いています。


 

10ページ


 

11ページ


 
 

 

松江市内の標準水面からGLの高さが表示してある図です。


 

最後に福島会長が提案なさったのが、

今後、「水縁プロジェクト」の事業を進めて行く上で考慮してほしいのは、

このようなモニュメントを少なくとも3か所くらいには

設置することを考えてほしいとのことでした。


 

そのモニュメントの一つのデザインを昨晩から作成頂いていたようです。

 

こうして、松江駅前の地権者でもあります福島邦光さまが

この「水縁プロジェクト」の計画中の事業に関心を持って頂き、

これだけの資料をご準備頂き1時間半の有益な講演を

いただきましたことに感謝したいと思います。

 

私は、小草委員長の「何か意見、ご質問は?」に

いの一番に手を上げ

「今朝、新聞に松江城が国宝になったが世界遺産を目指したい。

旨の記事が掲載されていました。

本日、お聞きした水運に関わる部分だけでも、これだけの物語があり

街並みが、残っているということはあらゆる分野について検証を

重ねて行けば十分に世界遺産に認定可能な歴史文化

の地であることを認識させて頂きました。

ご多忙の中でこれだけの資料を作成ただき、

これから「水縁プロジェクト」を進めて行く我々に

とって勇気を与えて頂いたこと感銘を受けました。」

と申し上げました。

 

出来れば、「白潟歴史まち歩き楽会」や

その他広く松江市民に聞いて頂きたい内容でした!!

 
 

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