2017年10月5日木曜日

50年ぶりの日本原駐屯地!!

10月4日(水)好天に恵まれて自衛隊家族会松江支部の

今年度の慰問激励研修で岡山県の日本原駐屯地を訪問しました。

 
 
 

今回の参加者です。

家族会会員25名と当日、出身隊員の御家族で

現地で合流した3人が研修致しました。

 
 

07:45合同庁舎に集合、08:15出発いたしました。

前日までの雨模様とは違った爽やかな秋晴れの中での出発でした。


 

約2時間余りの所要時間で日本原駐屯地に到着。

営門で現地集合の隊員の御家族3人も同乗して広報室へ~~!!


 

パワーポイントでこのように心温まる「歓迎」をして頂きました。


 

案内頂きましたのは、出雲市坂浦町出身の

広報室長、寒竹(南場)2尉でした。


 

この地の植物で梅の外にイチョウをデザインされた

日本原駐屯地のマークです。




日本原駐屯地の位置です。

岡山県奈義町(津山市の東隣)です。


 

上空からの日本原駐屯地です。

私がいた昭和40年代は左側の半分くらいと思われます。


 

寒竹2尉からブリーフィングを受けた広報室は、

大坂万博でミュンヘン館として使用された建物を

そのまま移築して現在も活用されているそうです。

驚きました!!



 

ブリーフィングの後、資料館の拝観を止めて50年前の

4か月ほどでありますが少年自衛官の部隊実習で

生活した隊舎が残っていました。

 

当時は、こちらには13師団の第13戦車大隊が駐屯し、

その13戦車第1中隊に他の2名の生徒と共に3名で配属されました。

当時、4年生の9月から12月までいたのですが

私は航空学生の受験をすることにしていて

当時の天野中隊長のご配慮で中隊長室を使用して

一日中、11月の受験日まで受験勉強をさせて頂くという

特別待遇を受けて演習や近隣の部隊での記念日行事参加も

することはありませんでした。

ある意味、今日の私があるのはこの時の天野1尉殿の

おかげかなと感慨深いものでした。

 

 

昭和41年のこの日本原駐屯地が創設された

記念碑「風林火山」が健在でした。

懐かしい石碑です!!


 

この隊舎玄関から見たグランドです。

1日には、創立52周年の記念日行事が行われ

約7,000人の観客で賑わったそうです。

 

 

隊舎に入ってみました。

右半分の当時の「第13戦車大隊」があった所は、

現在女性自衛官宿舎になっていました。

左半分は、医務室になっていました。

私が、毎日受験勉強をさせて頂きましたのは

この2階の第1中隊長室でした。


 

懐かしく隊舎周辺を見た後、再び広報室に戻ると

資料館の拝観を終えた会員の皆さんは展示装備品を見学されていました。


 

そして戦車や特科の装備品が展示してある前で最初に

掲載している記念写真を撮りました。


 

そして、売店に立ち寄り、買い物をしました。


 

この日、私たちの案内をして頂いた寒竹2尉と二人の広報担当者です。

「坂浦に帰京される時は、是非、松江にお立ち寄りください!!」と

お伝えし、古満会長はじめ参加者皆さんが

心からの御礼を申し上げました。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿