2017年7月7日金曜日

顕彰碑参拝と懇親会


小泉進次郎衆議院議員と岡部陸上幕僚長をお見送りをした後

事故現場に13分の1の大きさで設置された

「やすらぎの池」と隣に建立されている「少年自衛官顕彰の碑」

の参拝をしました。

 
 
 
 

この立派な自然石を加工した石碑が

「少年自衛官顕彰の碑」です。

 

式典にも自らの意志でご参加をして頂いた

前衆議院議員西村眞悟氏です。

衆議院議員在任中は、島根県主催の「竹島の日」に

ご参加、いつも素晴らしい堂々とした演説をされています。

近くにいたもので

「島根県から来ています。竹島の日にいつもありがとうございます!!」と

申し上げましたら「今は、落選中なので伺えませんが~~」と

ちょっとさみしげでした。

ツーショットをお願い致しました。

 
 

西村眞悟氏の少年工科学校に対する思い

同期生諸君は、必読です!!

http://www.n-shingo.com/jiji/?page=841

 

西村眞悟氏の「竹島の日」に参列した時の私のブログ

http://www.butsudannoharada.com/blog/2013/02/post-850.html

 

 

 

稲村同期生会長が、事故当時の状況説明をしました。



 

そして御家族からの当時の状況について質問があり、

同期生の中からお答えをしました。

そのトップが入校の時、同じ区隊で現役時代は、ヘリのパイロットをして

先ごろまで東京ナイト飛行のパイロットをしていた松村君です。


 

そして、奈良県在住の松原君も人工呼吸をした体験を説明しました。


 

ご遺族の方からは、状況の説明だけでなくこうして

同期の皆さんが毎年慰霊祭を実施していることに対しての

お礼の言葉もありました。


 

続いて札幌から参加の村上君は、訓練中の生徒以外で

最も早く海水パンツで現場で救助作業をした話を

赤裸々に説明、足の裏にけがをして救助を断念した

ことを説明しました。

 

私も村上君ほど早い時期ではなかったのですが同様に

救出作業に加わったのですが池があまりに深く

底になかなか手が届かなかったことを覚えています。

さらに私もガラスの破片で怪我をしてしまい、

その後の作業を禁止されてしまいました。

いずれにしても泥水が溜まった地獄絵図でした。


 

櫻井教官?だったでしょうか当時の高木成助校長から

学校葬の時の弔辞の原文作成を依頼され

夜も寝ずに同期からヒヤリングをしたというお話も披露頂きました。

 
 

 

そして高等工科学校を後にしてマイクロバス(防衛大学所有もふくめ)

にて宿泊と懇親会場の三浦市まほろばマインズに移動しました。

 

ここでも稲村会長の挨拶で開会されました。

 

 

最初に紹介されたのは、高等工科学校滝澤陸将補です。

24期生で、これからも24期、36期、48期の

寅年生まれの期を中心に慰霊を責任もってやって行きます。

と力強くご挨拶頂きました。

この日の慰霊式典は、ある意味この方がいないと

出来なかったわけで一番の功労者であったかもしれません!!


 

この場でも24人のご遺族の皆様からお言葉を頂戴いたしました。

お姉さんや妹さんが多かったですが皆さん異口同音に

慰霊行事を続けてきたこと、本日の慰霊式典に感謝をし

「皆さんは、これからもお元気で長生きをして下さい」

と仰って頂きました。

 

 

最期は、「少年工科学校校歌」と「同期の桜」を全員で唱和して

懇親会1次会を終了いたしました。

 

私は、小田川教官に長年の殉職者に対しての活動に感謝、

そして亀川生徒のお兄様に彼の人がら、特にラグビー部、

指導生徒として頑張ってきたことを説明させて頂きました。


 

懇親会の最中に先ほどの式典の後の記念写真を

ポートレイトにして配布して頂きました。


 

大講堂の前で小泉進次郎、西村信吾、岡部陸上幕僚長、

ご遺族、12期生全員の150名位の記念写真です。


 

大講堂中央の素晴しく荘厳な祭壇!!


 

そして顕彰の碑が写っています。

滝澤校長以下、高等工科学校の皆さま

本当にお世話になりました。

 

心から感謝を申し上げます!!

 

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